イクメン大学

子どもの発達や育児について専門家に聞きました。

シリーズ1「言葉とこころのサイエンス」…正高信男先生第6回 男の育児参加と父親力について

シリーズ最終回では、これまで紹介してきた「育児語」をおさらいしながら、子どもの社会性と父親の役割について考えてみます。

乳幼児に果たす父親の役割

 前々回、「子どもの恐怖を喚起するには、男性の話す育児語が効果的」とお話したのを覚えているでしょうか。
 男性の育児語とは、音の高さをほぼ一定にしたまま、野太い声で、かつ抑揚を変化させた音のこと。大人でも背筋がゾクッとしてきますが、子どももまた情緒的に興奮する、オバケの本を読むなら、この声と質の特徴からいって男性のほうがおすすめですよ、というお話のことです。
 さらには、危険なことをしようとしていう乳幼児に、その恐ろしさを教えたり、行動を制止させたいときは、女性の育児語よりも、男性の育児語のほうが効果的であるともお話ししました。  しかし、乳幼児に果たす父親の役割は、これだけにとどまらず、子どもの社会化に関与していると考えられます。
 たとえば、「人が死ぬというのはどういうことなのか」、今の子どもたちが現実感をともなって考えようと思っても、大変難しいはずです。
 「いのち」を考えること。それは、自分の生命を大切にすることにもつなることです。その畏れを子どもの心に染みわたらせるのもまた、父親の重要な役目ではないでしょうか。人の死を含めた自然、日常に転がっている闇、そして野生。子どもが成長の途中でこれらに出会うとき、父親の存在意義が問われる気がしてなりません。

急速に失われている?父親の語り

 ところが、残念なことに昨今は、子どもたちが父親の語りを耳にする機会が急速に失われているようなのです。

育児語を話す割合と赤ちゃんの成長にともなう変化

 まず、右のグラフを見てください。これは93年に第一子を持った日本の家族を対象に、母親と父親が育児語でどのくらい子どもに語りかけているのかを調べた結果です。
 これを見ると大多数の母親は生後すぐから語りかけを始めていますが、父親は圧倒的に少ない。赤ちゃんの成長とともに頻度は上がりますが、使用の割合は低いようなのです。

 さらに都市部と農村部を別々に整理したのが、右下ののグラフです。都市部は夫がサラリーマンで、妻が専業主婦という核家族、一方、農村部の過程は農業を営む3世代家族が大半を占めています。
 両者を比較した結果はご覧のとおり。都市部に暮らす父親のほうが、圧倒的に育児語で話す機会が少ないことがわかりますね。
 都市部の幼稚園や小学校の運動会や行事に一度でも行ったことのある人なら、かつてより父親の参加率が高くなっていることに気づくでしょう。だからといって、それを単純に「育児に熱心」と結びつけてもいいものなのか。これについては長くなりますので、詳細は、拙著『父親力』を参考にしていただければと思います。

子どもの挑戦を見守り、ひとり立ちを手助けしよう

 では、最後に核家族について考えておきましょう。
 初めての育児は、誰もがみな暗中模索や試行錯誤を繰り返すものです。子どもができたとたん、ベテランの母親や父親になれる人は、まずいない。それは昔も今も同じです。
 しかし、かつては育児について困ったとき、適切なアドバイスをしてくれる経験者が身近にいました。それは妻の実家の親であったり、夫の親であったりもしたでしょう。が、今は夫婦の住まいが、必ずしも互いの実家に近いとは限りませんし、住宅事情を考えても3世代同居が難しくなっていることは事実です。このような状況は特に都市部に多く見られ、妻は誰からも助言を受けることができず、密室育児に陥りがちに。そして、夫は「当惑する妻を助けなければ」と育児に参加する……。
 勘違いしないでいただきたいのは、男性が育児に参加してはいけないと言っているのではないということです。子どもの社会化のためには、むしろ父親の養育が必要ですが、それはやみくもに「もうひとりの母親」として子育てに参加するのとはまったく違う。危惧されるのは、妻が困難を感じている母性の実行を分担していないか、そこにあるのです。
 たとえば、いくらストーブが危ないといっても、一生避けて暮らすわけにはいきません。最初は危ないよと注意しても、やがては親がそばで見守りながら「自分でつけてごらん」と挑戦させ、こわがる子どもを励ますシーンが出てくるでしょう。親に安全を確保されている子どもは安心して挑むことができ、「やった!できた!」という達成感を積み重ねることで、対人関係を広げ、自己の領域を拡大していく。つまり、外界からただ子どもを守るのではなく、ひとり立ちする手助けをしてやる。これも父親の大事な役割であると覚えておいてほしいのです。

profile

正高信男先生
NOBUO MASATAKA
正高信男先生
京都大学霊長類研究所教授、比較行動学専攻。著書に『0歳児がことばを獲得するとき』(中行新書)、『ことばの誕生』(紀伊国屋書店)、『子どもはことばをからだで覚える』(中公新書)、『ヒトはなぜ子育てで悩むのか』(講談社現代新書)、『父親力』(中公新書)など。

『父親力』
『父親力』
正高 信男 (著)
中央公論新社
693円(税込)

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